第二種情報処理技術者
試験:2000年10月
(社会人2年 秋)

転んでしまったのは仕方が無い。
それならタダで起き上がってやるもんか〜!
入院を期に決心した無謀な挑戦。


■資格情報■ ■情報システム開発・運用・利用などの広範囲な活動領域の人材に対し、基本的・共通的な情報技術の習得を評価する試験。

   しかしプログラムの開発に携わっていなかった私から見ると、
   思いっきり専門的でした。
   『基本的』 という言葉に騙されたような・・・ははは〜

■2001年度から新しい制度に改定されたのですが、私が受験したのは丁度その直前でしたので、『第二種情報処理技術者』 試験としてはラストでした。 ちなみに改定直後も受験してますが、こちらは 『基本情報処理技術者』 と名前が変わります。

が、名称が変わっただけで内容・レベルはほぼ同じと言って良いでしょう。
■資格レベル■ IT技術者の一番基礎になる試験で、プログラミングの能力も問われます。

【合格率】
      2000年 春 11.2%
      2000年 秋 12.0%     ・・・だったそうで。
■試験方法■ 【午前問題】
   150分で80問。多肢選択式(四肢択一)
      ※コンピュータシステムやネットワーク・データベース技術などの
       知識を問う問題

【午後問題】
   150分で11問中7問解答。多肢選択式
      ※より実践的な技術能力を問う問題で、プログラム言語は
       C、COBOL、CASL(アセンブラ)、Fortran より選択
2000年当時

◆はじめに
・・・・・・まずは、受験から数年前の私の状況を。


当時の私、業種はバリバリの接客業で立ち仕事。
ずーっと立ってるか動き回っているので、私の部署では個人の机というものがあてがわれていませんでした。
マネージャーやら主任やら、役職者はさすがに指定席があったものの、ヒラ社員は事務作業用共有デスクを交代で使います。

ま、そもそも勤務体系が交代制なので、もし全員の机があったら、常に3/4が空席という状況になってしまうんですけどね。

そんな中、世の中はワープロからパソコンへと時代は移り、その流れからかーなーりーの遅れをとって、我が部署内にもパソコンが設置されました。
それまではオフコンしかなくて、Windows を使えるパソコンがなかったのです。

そのパソコン君がやって来た当時、
「電源スイッチはこれですか?」モニターの電源 を指差してみたり、
「『うぃんどうず』ってのと『えくせる』ってのは良く聞くけど、一体何者? 仲間なの?
という、今考えるととんでもない質問をしていたのは私です。


うーん、若かった (^_^;)



しかしその後、すぐにパソコン君と仲良くなった私は、部署内のパソコン作業を一手に引き受けるようになり、1年後には Excel VBA に手を出すまでになりました。
とにかくパソコン君を扱うのが楽しくて仕方が無いの。
いかに事務作業を自動化させるかに熱中する日々でした。

ちなみにその頃の私は、周囲から「パソコンと会話する人」と言われ、挙句の果てには
「別れが寂しいだろうから、背負って持って帰ってもいいよ。明日の出勤の時に担いで持ってきてね」
という優しいお言葉まで頂いておりました。



しかし個人の机が存在しない部署ですので、そのパソ君も、もちろん共有。
自分が使いやすいようにカスタマイズもできやしません。

物足りなくなった私は、とうとう自分でもパソコンを購入。
世の中の流れより2歩ほど遅れてのパソコンデビューとなりました。

後のIT業界への転職は、これが始まりだったと言えるでしょう。
幸せなことに、今では嫌と言うほどパソコンと向き合っております。

あぁ、昔はあんなに楽しかったのに・・・(笑)

◆試験勉強  約3ヶ月
以前パソコンについて勉強しようと、会社の通信教育制度で
『 SE(システムエンジニア)の仕事 』 やら 『 情報処理基礎 』 やらを受講したことがありました。
本当はシステム部用に用意されたカリキュラムだったんだけど(汗)


その頃はまだ第二種情報処理の試験なんて高嶺の花だと思って受験は考えていなかったのですが、なんとその後体調を崩してしまい、連日40度近い高熱。
半月は無理やり出勤したものの、とうとう入院宣告を受けて収容されることになってしまいました!
・・・3ヶ月の入院です。

まぁ 3ヶ月と言っても高熱に苦しんだのは始めの1ヶ月足らずで、その後はベッドに座っているくらいなら平気になりました。
体力的に余裕が出てくると、「この余りある時間を無駄にしたくなーい!」と思うようになって、試験に焦点を当てた勉強を開始。

ふん、転んじゃったのならタダで起き上がってやるもんかってんだ!



今から考えると、入院というのは、とってもとっても勉強するのに良い環境でした。
何といっても誘惑がない!
だって何もすることが無いんだもの。

そんな訳で、食事と入浴と睡眠と診察と面会以外はほとんど試験勉強に費やすというストイックな毎日でありました。
点滴を付けたままベッドで勉強に励む私って、なんて健気なのかしらっ!


しかしまぁ、素人には壁の高い資格ではありました。

問題集を買ったものの、まず問題の意味が分からないという・・・(汗)
マークシート式なのは嬉しい限りなのだが、選択肢すべてが聞いたことも無い用語なので、全くのお手上げ。
もう、ばんざーい(涙)って思いっきり両手を挙げてしまおうと何度思ったことか!


しかし時間だけはたっぷりあったので、参考書や解説書を買い足し、一つ一つを根気良く調べながら亀の歩みで進んでいくことにしました。

いや、なんかね、入院なんてしてると 「気長にやるかぁ〜」 って思えてくるものなのですよ。

そんなペースでゆったりのんびりやってたので、秋の試験は諦めて、次の年の春受験を考えていた矢先、10月の試験日前には退院できそうな流れになってきたので ・・・勢いで秋受験を申し込んでしまいました。


体調が良くなってくると、途端に無鉄砲。

◆試験  2000年10月
めでたく退院して職場復帰を果たした後、無理やり日曜日に休みを貰って (いつもは交代制の平日休みなのだ) 試験会場へ乗り込みました。

思ったより年齢層が若い。

情報処理関連の高校や専門学校の生徒が大量に送り込まれて来ているようで、何となく居心地が悪いです。

しかし必要に迫られて、もしくは特別な思いがあって勉強してきている社会人とは違って、学校から有無を言わさず受験させられる人達は、欠席も多い。
10〜15人に1人は欠席、もしくは午後から消えている。

受験料高いのに勿体無いなぁ・・・って、学生さんは自分で稼いだお金で申し込む訳じゃないだろうから、そんな気にもならないのかしらね。

でもこんなに若いうちから学校で専門知識を教えてもらってるなんて、何と羨ましいのだ!
独学で勉強する難しさをひしひしと感じていた私は、彼らの年齢の頃の自分を思い起こしてしまいます。
うーん、始めからこういう道に進んでいたら、どうなっていたのかしらん。

・・・パソコンなんて嫌いだったかもしれんな(爆)



午前は知識を問う問題を2時間半。
かなり急いで解いていかないと、時間的に厳しいぞ。

さらに午後からは応用能力と実務能力を問う問題を2時間半。
プログラム言語は C, COBOL, CASL, Fortran から選択するのですが、どれも全くの無知識だったので、とりあえずC言語を勉強してきてました。
ので、そいつを選択。

合計5時間、集中力も使い切り、終わった後はさすがにぐったりでした。

あ〜っ、疲れたよ〜っ!!

◆試験結果
・・・分かってたのよ、無謀だって事は。
素人の私がC言語理解するには勉強不足だし、記憶力の衰えた私の頭が膨大なIT用語を憶えるにはもっと時間がかかるのよ。

そんなわけで、予想通りといいますか。  不合格 !!




・・・・・・・・・次に期待してください ...φ(◎_◎;)