著 「寒原の水」
復刻版 ⇒
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ここで 恩田井水とは 1899年明治32年 長野県下伊那郡伍和村(現阿智村伍和)に完成した総延長20キロに及ぶ灌漑用水のこと











幾度か山林、谷谷を越えて、越田の峠路にさしかかる地点は道路の曲折が多く、立つ場所場所によって眺望も変わり、時に阿智盆地を越えて飯田の市街もかすかに展望され、その遠くに西駒ケ岳、蓼科、八ヶ岳、仙丈、白根山



太田宗碩(おおたそうせき)の着想 
明治27年(1894)恩田井水組合が結成され原九右衛門が委員長となる
当時の九右衛門は平田学の流れを汲む国学者であり、二宮尊徳の末流である農村開発の同志会、大日本実行会下伊那支会長であった。
恩田井水組合幹部 役員名は次の通りこれも決定を見た。

赤羽千鳳先生は、昭和31年(1956)上伊那郡より伍和小学校長として赴任された。そして、「この伍和の地に郷土の先人が、郷土将来の発展のために残した大きな文化遺産である恩田井水に着目」し、「この偉れた事業を全体に亘って書いたもの、即ち発端から完成までの苦難の道を世に伝えているものがない。」ことから、「将来この事業の真相を世に伝える術を失う恐れ」からいわば義憤に駆られて「寒原の水」を著されたのです。その熱意とご努力には頭が下がります。冒頭でも述べた如くこの書の出版自体恩田井事業に匹敵するくらいの価値のある業績であり、永く語り継いでいかねばなりません。できれば国会図書館に一部寄贈して永久保存していただいたらいかがでしょうか。

このページは原政寿氏よりお借りした赤羽千鳳著「寒原の水」、恩田井水利組合 百周年記念実行委員会「恩田井水 開通百周年記念」を参照抜粋して作成しました。阿智村伍和の偉大な文化遺産“恩田井水”の概要が、また赤羽千鳳先生の偉業がネット上でも簡単に検索できるようにするためこのページを作成しました。画像処理、表現方法など未熟な点はご容赦ください。