
「音楽」「スポーツ」「アート」「芸術」「趣味」「文化」「エンターテイメント」
ダンスは、様々なカテゴリに分かれますよね、
そこにはなにか「自由」という見えないキーワードが隠されているようにも思えます。
元々は文化として広まり、そこに自由というキーワードを織り込み新たなるカテゴリへと発展していったわけですが、
それは情報の少なかった時代だからこその進化だと思います。
情報とは時に思想を統一化させるために使われることもあります。
たとえば、家のポストに投げ込まれた広告と、新聞の広告どちらを信じますか?
それは、どちらを答えても、もう情報に左右されている人です。
答えは同じなのですから。
お金を払えば新聞、お金がなければ直接投函、これだけの違いです。
真実は結局自分で見たり体験しないとわからないのです。
最近のダンス事情も情報が横行していて、「これは、こうでなければいけない」とか
決まり的に捕らえることが多くなっています。
情報を流している者は、他にも色々なパターンややり方を知っていて、その一部をピックアップしてるわけですが、
表面的にとらえた者には「決まりごと」のような錯覚に陥るのです。
そして
さも自分の知識のように、次に伝えていく事になるのです。
人間が手と足を反対に出して歩くのは、「決まりごと」ですか?
本能だからこそ、みんな同じように歩くのであって、誰かに教えられたわけでもありません。
ダンスの情報に乏しかった時代にダンスをしていた者が同じように決まった動きをするのは、この人間の本能の部分にあります
体の構造と歩き方が同じだからこそ統一化していくわけで、情報によるものではありません。
それが、情報によって無理やり近づけるというのは結局、
真の踊りの意味たるものが見えてないということになります。
たとえば、ワイドショーなどで編集されカットしている部分にこそ真実があることはわかってますよね
でも結局オンエアされた情報を信じてしまう。
その裏側で編集や取材をした者だけには真実が見えている
そうは言っても、取材や編集をした者にも本当の真実はわからないのですが・・・。
僕も情報を流す者の一人として、この部分を伝えなければ、
いずれダンスのカテゴリは一つに決まってしまい、
能、狂言、歌舞伎、バレエのような高貴なものになることは間違いありません
ジャズも片足突っ込んでる感じですが、ストリートもジャンルが固定化されてしまった今、
高貴なものへと変貌していく可能性があります。
いつまでもストリートであり続けるためには、
情報を味方にしながら「本能」で踊ることが遠回りであっても大事だということを心に留めておいてください
最後に一言
頭で踊るのはヘッドスピンですよ。
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