和名倉100年の森づくりの会 第12回植林ワーク (2003/5/24-25)
和名倉100年の森づくりの会 第12回植林ワークに参加してきました。
昨年10月に参加したのが第3回で、この半年間にずいぶん行事が行われてたんですね。
今回は、植林作業に専念しようと思いましてカメラは持参しませんでした。
天気のほうは週間予報で危ういといわれてたんですが、なんとかもちそうな曇り空でして、
雨の作業はいやだなぁ、と思いながら国道407号を西進していました。
今回も、現地(大洞川の林道のゲート)集合時間が8時と早いので、
「百年の森づくりの会」の方の車に同乗させていただきました。
県東部の春日部からいらしているとのことで、作業前に埼玉県の東端から西端まで走り通してしまう
というハードさです。 埼玉県なんて狭いと思うかもしれませんが、そうでもないんですよ。
東京都心から奥多摩の端を越えて山梨の塩山あたりまで下の道で行くのと同じくらいあるんですから。
朝6時台に正丸峠を越えて、7時まえに二瀬を通過。今晩の調理用に薪がほしかったのですが、
朝早すぎてどの店も開いていません。 現地調達ということにして、大洞川の林道に入ります。
相変わらず落石の多い道で、昨シーズンにもブルドーザで整備したそうなんですが、
もう一雨くると、再び4輪は通れなくなってしまうかもしれない程度に、崩落が進んでいます。
車高がそんなに高くない車なので、腹をする(降りて見たら、マフラーあたり)場面も4、5カ所
ありました。
8時前に、集合場所&キャンプサイトである「大洞川の林道のゲート」際に無事到着。
二瀬(バス停:秩父湖)から10kmも入ったところ、標高差は+200mだそうです。
いつも、車に便乗させてもらってますが、自力で来るとなると、
自転車で二瀬から登ってこなければなりません。 二瀬からならキャンプ装備をもっても
走行時間は1時間ほどでこられそうです。 どっちかというと二瀬まで輪行してくるのに
乗り換えが多いのが苦痛でしょうね。
二瀬の近くや、キャンプサイトに自転車を置いておければなにかと便利なのですが。
それと、携帯電話が使えない場所なので、無線も常備しておければ便利でしょう。
キャンプサイトは沢沿いなので電波が飛びませんが、尾根筋にリピータを設けられたら
仁田小屋尾根で作業している間も連絡が取れるし、とても便利だとおもうのですが。
キャンプサイトで、前の晩(金曜の晩)から泊まっている方々と情報交換して、
今回植えるブナの苗(長さ1.5ー2mくらい、土つきなので重さが5ー7kg)を
袋に包んで分配します。 苗は1人1から2本(ほとんどの人は2本もっていったが、
ぼくはなぜか1本にしてしまった)を空にしたザックに入れ、
さらにスコップ、鍬、剪定バサミを担いで標高差+700mほどの植林場所へ向かいます。
我々は先発隊ということで10人ほどの編成、苗木15本をもち、あと昼食、水、そしてなぜか
一人1本の、差し入れていただいたエビスビールをもっていきました。
今回で会の行事に参加するのは3度目になるのですが、
ほんとうに植林をするのは今日が初めてです。 昨秋はその前のワークで植えた苗の周りの
笹の刈り払いでした。昨秋は初めてチェーンソーを使って緊張しましたが、
今回ぼくが担いでいるのは普通のスコップです。
仁田小屋尾根へのとりつきは、ゲートから15分ほど林道を歩いた石垣にたてかけてある
朽ちかけた梯子です。 この梯子も毎回数十人が登り降りしてますので、
いつ踏み板が折れてもおかしくない状態にまでなってます。
石垣は1.8mくらいあり適当な足場もないので、梯子がないと登り降りしづらくなります。
アルミの庭仕事用梯子を買ってくるか、間伐材で梯子を自作したほうがよいと思いました。
本来、ここにいくらでもある間伐材を使うべきなんでしょうけれど、
作る手間を考えるとアルミ梯子のほうがお手軽ですね。
朽ちた梯子をなんとか登って、急斜面の消えかけた踏み跡をたどります。
枝道が多く、先導がいないと迷ってしまいそうです。林道の際は植林帯ではなく、
広葉樹が生い茂っています。
展望のないやせ尾根に出るところで トタンの波板でおおわれた
作業小屋がたっています。細い道の前後に広がって休憩。まだ歩き出したばかりで
ペースがつかめていません。ここから杉の植林帯が始まります。
さらに歩を進めると、急坂とゆるい坂の分岐があり、先導者がいうには、
「どちらでも上で合流する」とのことでした。今回は急坂を登ってみると、
途中から水平にトラバースするようになり、ゆるい坂が登ってきて合流していました。
さらに、トラバース気味で仁田小屋沢に向かって進み、一カ所ざれた所を通過すると、
仁田小屋の基礎を打ってある、見晴らしの好い場所につきました。
植林の帰りに呑もうということで、持参したビールを仁田小屋沢の冷たい流れに漬けておきます。
この小屋の基礎のある辺りが標高1,250mほどだそうです。
沢の水をボトルに詰めて、さらに上の植林場所へ向かいます。
朽ち果てた作業小屋(今回は完全に屋根が落ちていました)からは尾根の急登になります。
ぐんぐん高度を稼ぎ、スズタケの刈り払われた道を進むと、イヌブナ平という
小広い所に着きます。 展望はないのですが、 根元から幹が何本もに分かれた
特徴的なイヌブナの大木が目印です。 ここで1,400mほどあるでしょうか?
最初に植林したという「一歩の森」までは、あと100mほどの標高差です。
倒木を乗り越え、背よりも高く茂ったスズタケに苗をからめ取られながら
ようやく一歩の森へ到着。昨年10月末に刈り払った跡はまだ、スズタケは再生してきていません。
11時になっていました。キャンプサイトから3時間かかっています。
作業の前にまず腹ごしらえということで、
一人あたりおにぎり一個とコッペパン一個が支給されます。
「それだけ?」と思うかもしれないけれど、30人分ほどかついできてくれてるので
パンとはいえど、ちょっとした重さになっているのです。 水分の補給がないのがつらかった。
ぼくは、500mlのボトルしかもってなくて、
それも登りの途中でだいぶ呑んでしまってましたので。
腹も落ち着いたので、前回までに植えた幼樹の活着具合を調べます。
完全に立ち枯れているもの、枯れているように見えるが根本から若葉が生えだして
再生してきているもの、幹の上のほうの葉が順調に伸びているものに分かれました。
活着の率については、ぼくは全部を見たわけではないのでここには書きませんが、
けっこう好い率に思えました。
今回、担いできた苗を植える場所を隊長に決めてもらい、鍬とスコップで穴を
掘り始めます。 一帯はスズタケの根が張っていて、容易に穴を掘ることはできません。
土自体は降り積もった枯れ葉でとてもフカフカなのですが、スコップを突き刺すと
すぐにスズタケの根に阻まれ、刃先があさっての方向へ逸らされてしまうのです。
この場合、刃の長い鍬を一気に振り下ろすのが効果的です。 ひ弱なぼくは
腰がどうかなりそうで、鍬は持ちませんでしたが。
30cmほどの深さ、直径の穴を掘り、スズタケの根を切って、いよいよ
ブナの苗を植えていきます。苗の根の周りは藁で包んであり、その隙間から根が張ってくるという
仕掛けです。
苗を穴に垂直に置き、スズタケの根から隔離するように周りにさらさらの土をかぶせていきます。
そして、新しい土を踏み固め、土が乾かないように枯れ葉を土の周りにかけて完成。
1人2本ずつも植えると作業は終了です。昨秋の草刈りよりずいぶん早く終わってしまいました。
後発隊が残りの苗をもってあがってくるまで、後発隊の苗の分の穴を掘ります。
一歩の森より奥のセカンドフォレストにも移動して、6つの穴を掘りました。
一歩の森より奥は道を覆うようにスズタケが茂っていて、入り込むのがおっくうになるような道です。
後発隊が登ってきて申し渡しをした後、1時半ころに下山を始めました。
はっきりした道筋ですが、足元が滑ります。カメラを担いできた人は左手のひらを
刈り払われたスズタケの先についてしまい、傷をつくってしまいました。
仁田小屋までもうすぐの急斜面は濡れると滑りそうな感じです。
途中、山椒の木が多く、食用にするためその葉をとっている人もいました。
仁田小屋でビールを飲んだり一服して、キャンプサイトへ戻ります。
杉の植林帯ですから、日が長いとはいえ4時半を過ぎると足下が見えなくなってきてしまいますので。
林道へ出てからは、今晩の薪にする木を拾ってひきずっていきます。
倒木や枝がいくらでもありますが、キャンプサイトまで持って帰るのに手がかかるのでした。
サイト周辺では燃えやすそうな木はなくなっており、生木を切らねばならないくらいでしたので、
ここで倒木を拾っていけばずいぶん助かります。
4時少し前にサイトに到着。先に着いていた方々がすでにたき火を始めています。
このたき火で調理もしてしまおうというわけです。
メニューは、レトルトご飯とレトルトのおかず(牛丼、中華丼、親子丼)。
(袋をなべの湯であたためるだけ)
これは前回と全く同じ。埼大ワンゲル部の伝統なのでしょうか?
疑問を差し挟む人もいません。 ちょっとこの点は不満です。
ぼくも料理は得意なほうじゃないけれど、クルマもあって重いものをもってこられるのだから
メニューに一ひねりほしいと思うのですが、どんなもんでしょう?
ぼくがテントキーパーになって、料理番をするというのも想像しがたいですけれど。
酒はふんだんにあり、大洞川の冷たい水で飲み頃になった「端麗」やら日本酒、ワインなど
が、料理の用意できないうちから開けられます。
4時半には夕食も用意できて、帰ってきた後発隊とともに食べ始めます。
調理時間が短いのは取り柄ですね。 冬山なんかだと実用的なんでしょう。
まだみんなの顔がわかるくらいの明るさのうちに自己紹介。
呑まないで帰った人を除き、夕食まで残った人は13人でした。
現役ワンゲル部員が少ないですね。
埼大以外から参加した人では、山岳小説家のTさん、ビデオ写真家のIさん、
Iさんと一緒に行動していて今日はビデオ撮影専門だった方
(名前失念)(=手にけがをしてしまった方)、
丹沢で山小屋の手伝いをしているHさんなどがいました。
みなさん60歳を越えており、悠々自適の身といったところでしょうか?
ぼくのような中途半端な年代の人はいません。それを考えると、この場にいてもいいものか?
と、ふと迷いを感じてしまいました。
それから忘れてはいけないのは、夕食はつきあわずに帰ってしまったIZさん。
この人はアームカバーに地下足袋、作業ズボンという出で立ちで、腰には鉈と鋸を差して
地元の林業のプロとばかり思っていたのですが、なんと東京に通っている会社員なのでした。
身のこなしも軽く、杉の下枝を鉈や鋸で落としながら歩いているのです。
また、歩きながら林業についていろいろ語ってくれたものだから、てっきりプロかと勘違いしていました。
本人がそう言ったのではなく、会の幹事からの伝聞です。
IZさん本人は素性については全然話さなかったし、ぼくたちも聞かなかったのです。
次回会う時には、いろいろ聞いてみたいものですが、いやがるかな?
さて、夕飯の親子丼は10分でたいらげてしまい、あとは乾きものでひたすら
呑むしかありません。ぼくは痛風発作が怖いのでむやみに呑むわけにはいきません。
日も暮れて、沢筋なので頭上の空は狭く、たき火の炎で顔が火照ります。
急に酔いがまわった気がして、早々にテントに退散。冷えそうなので
シュラフカバーもかぶって落ち着いたら、眠りに落ちていました。
気がついたら、夜が明けていました。
参考ページ:
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