鳥首峠 (2001/1/7)
(2001/2/15 やっと続きを書きました)
今年も奥武蔵と秩父の山歩きを続けます。手始めは武川岳(1,051m)、ということで
名栗村・名郷(なごう)までバスの乗って8時40分歩き始めました。
先月、わらび山へ行ったたおきの出発地点です。
今日は右に折れて山中川をさかのぼります。バス中で、武川岳のガイドを
見てる人もいて、にぎにぎしいハイキングになりそうでしたが。
ひっそりと歩きたいぼくは、グループが出発するのをやりすごしました。
そして、おもむろに白岩川をさかのぼっていきます。
凍ってますね 渓流となった白岩川の岸辺。湧き水を流してる先が凍ってます。
西山荘を右に見て、さらに奥へ進みます。舗装の林道のまま、どんどん高度をかせいでいきます。
400mくらいまではのぼったでしょう。
武川岳への分岐が全然でてきません。 おかしいおかしいと思いながら、
白岩キャンプ場も通り過ぎてしまいます。 いよいよ、武川岳分岐(天狗岩経由)を通過してしまったと思い、妻坂峠経由で武川岳へ縦走することに変更。
ところが、妻坂峠への道も通り過ぎてしまったらしく、日鋼鉱業の石灰石採掘現場まで来てしまいました。車道はここで、終わり。白岩の廃集落があるだけ。 年末とあって、飯場にも人影はなし。
引き返して、妻坂峠に登ると、1時間以上のロスになります。
地図を見直したら、鳥首峠(953m)を越えて秩父の浦山側に出られることがわかりました。
この峠は学生時代に自転車を押し担ぎで越えたことのあるところです。
(=自転車に乗れるほど傾斜がゆるい)
ミスコースばかりして、弱気になっており、また天候も曇りがちで寒々しいので、この峠を越えて
早々に帰ろうと思いました。
日鋼鉱業の鋼索線がずいぶん上まで続いています。石灰石の採掘現場まで。
採掘現場はかなり削り取られていて、切り立った崖になっています。
白岩の廃集落には、大きな養蚕農家の跡が何軒もあってちょっと不気味。
日鋼鉱業の社宅の廃墟なんかもあります。 壁にかかっているものを見ると、7,8年前までは住んでいたようす。 ちょっともったいないような気もしますね。
樹林帯を30分も登ると、鳥首峠でした。 11:15。
今日は、温泉タマゴを買ってきたので、おぢやをつくりました。
あったまったけれど、ちょっと塩気が足りなかったな。
今回も写真をいっぱい撮ったんですが、帰宅して編集中に、翌日のクロカンスキーの写真をかぶせてしまい、ほとんど残っていないのです。なんだか今回の山行はたたられているようです。
冷たい風が吹き抜け、曇り空だったので、暖かいものを食べて11:40には浦山側へ向け出発。
浦山側も勾配はゆるく自転車に乗れそうな感じです。自転車があれば浦山から秩父までバスを待たずに下っていけるし、便利なはずです。
浦山側にも廃集落があって、冠岩(カンムリイワ)といいます。
こちらの建家のほうが新しそうでした。 ちょっと整備すればすぐ住めそうな感じ。
山道はここでおわり。舗装の林道が始まります。さらに1kmも下ると、名栗村へ抜ける逆川(さかさがわ)林道(舗装)との分岐にぶつかります。今は、この林道のほうが本線であり、鳥首峠を越えるのはハイカーだけです。
西武秩父までは歩いていけませんから(ここから20km以上ある)、最寄りのバス停、浦山大日堂まで歩き、バスの時間を確認。秩父鉄道バス です。 11:30に行ったばかりで次は14:30。
まだ2時間もあります。 フリー乗降バスですから、とぼとぼ下って、追いつかれたところで乗り込めばいいやと思い、車道を歩き出しました。
閉鎖された川又小学校 などがあり、ここももの悲しい過疎の村でした。(住民のかたごめんなさい)
大宮や浦和のにぎわいを思うと、同じ県内とは思えません。 また、千葉県に近い、三郷や松伏の人たちも同様に、同じ埼玉県の土地とは想像しがたいかもしれません。
30分ほど歩いて、一つ目のバス停、金杉橋にたどりつきました。ここには屋根のある停留所があります。
ここで休憩。じっとしてたら寒くなってきました。この先1時間ほど歩いてもバス代¥30ほどの節約にしかならないことがわかり、ばからしくなってしまいました。
浦山大日堂はバスの終点&始発点なので、下りのバスに乗って暖まり、終点でもずっといすわろうと思って、
大日堂のほうへ戻りはじめました。時間があるので、川又小学校の写真をとってやろうと、坂をのぼっていったら、校庭に 老人福祉センタ「渓流荘」 という新しい建物ができていました。
ひとけがなく、特養老人ホームかな?と思って玄関から中を覗いたら、中からおばさんに招き入れられました。
ストーブにあたらせてもらいながら話を聞くと、この施設は浦山ダム建設の代償・交付金でできたもので、
近在の人たちに風呂と集会室を提供しているのだそうです。部外者も入れます。(\200)
また、すぐ真下の浦山川沿いにキャンプ場があり、暖かい時期にはにぎわうのだとか。
川又小学校は、生徒の数より、先生や管理人の数が多くなってしまい、下流の小学校に統合されてしまったそうです。 道沿いの家からこどもの声がしてたので、学校はどこに行ってるのか、疑問に思ってるところでした。
14時半のバスがくるまでお茶も出していただき、あたたまらせてもらいました。
「今度は5月にでもキャンプしにきます」と挨拶して、「渓流荘」をあとにしました。
不思議な山行となりました。 帰りの西武秩父行きバスは、運転手が不愛想な感じでしたが、
ずいぶん長く乗せてもらい、助かりました。このバスがなければ、歩きの人はここまで到達できないでしょう。
(タクシー代 1万を越えるのでは?)
西武秩父駅 で、秩父錦の冷酒を買って帰りました。
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