06/02/12.13(ムサい)
男たちの大和(ツアー)

子供の頃「戦艦大和ってどの位の大きさだったのかな?見てみたい、」
という夢がありましたが、このほど映画「男たちの大和」のロケセット公開という形で実現しました、

 

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出発当日友人のモウル氏と霧島氏とともに羽田から出発、
時間があったので、飛行機撮影


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ポケモンJet発見!すかさずパチリ、



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いざ広島へ!
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高度一万メートルでさらに上空を見ると、何とも言えない,
空の色が広がっています、


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無事広島空港に到着、お世話になった747SPです、
この機体は約一月後に引退したそうです、
お疲れさまでした、


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空港からは、当初電車で尾道のセットへ向かう予定でしたが、
祭りで駅周辺が混んでる、とタクシーの運転手さんから言われたので、
思いきってタクシーで直接尾道に行きました(ちなみに広島空港から尾道まで12000円でした)尾道の駅からセットのある日立の造船所へは連絡船
(料金100円)で向かいます、 するとすぐにセットが見えてきます、

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造船所の入り口からセットへはシャトルバスで向かいます、
ちなみに、画像にもあるように公開期間がGWまで延長しました、


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到着!まず日本海軍籍の軍艦である証の艦首の菊の御紋が迎えてくれます、

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いよいよ乗艦です、入場料500円


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当日は連休ということもあり、入場者も予想以上でした、
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大和の主砲の前にて、背後の人の比べて如何に巨大か分かります、

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艦首部分、相撲出来るくらいの広さがあります、

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三連裝25ミリ機関砲、劇中での主役的存在
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15サンチ副砲と25ミリ機関砲

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セットは実物の約2/3の部分しか再現されてませんが、
それでも十分すぎる迫力があります、

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いやホントデカイ、
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見学が終わったあと、せっかく尾道に来たのだから尾道ラーメン
食べよう,という事になったのですが、いざ探すと中々見つからない、
結局駅の周りぐるっと一周してやっとみつける事が出来ました、
気がつけばすっかり暗くなってました、でも美味しかった、

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宿は広島駅近くのビジネスホテルを取ったので、
当然のごとく食事は無し、なので広島名物のお好み焼き
食べてきました、

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そいでもって翌朝、呉の大和ミュージアムと江田島の海上自衛隊
第1術科学校へいきました、
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途中電車の窓から見つけた護衛艦「みねゆき」
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大和ミュージアム前にて、当初先に江田島に行く予定でしたが、
フェリーの時間見誤って、乗り遅れてしまい急遽ミュージアム
を先にしました、

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入場すると早速ミュージアムの目玉1/10スケールの大和
が出迎えてくれます、
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甲板上やや左に同スケールの人形が見えます、
(ちいせえぇ!)

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1/10大和と私、同スケールだとこの場合私は17メートル相当の身長に
なります、モビルスーツ並み?
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大和後部観測機や内火艇はコチラに格納されてました、

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20ミリレンズでこんな感じ、なんとか収まった、
1/10とはいえ、26メートル超えてます、
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どのアングルから見ても、美しい船です、
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空母赤城の模型、当初は飛行甲板三段、20サンチ砲10門
というステキスペック(?)でしたが、すぐ不具合が出て
この形に落ち着きました、
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大和が完成するまで日本海軍最大の戦艦だった長門、戦後まで生き残り
ビキニ沖で水爆実験でその生涯を終えました、
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太平洋戦争当初米軍を震え上がらせたのが、この零戦でした、
そのあまりの強さに米軍の空戦マニュアルに「零戦に遭遇したら退避しろ」
と書かれたのは有名な話(しかしこの判断は長い目で見ると
パイロットを無駄に消耗させないという意味で正しかった)
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手前から46サンチ砲用91式鉄鋼弾、対空用三式弾、
91式鉄鋼弾のカットモデル、40サンチ砲用91式鉄鋼弾
36サンチ砲用91式鉄鋼弾、

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大和ミュージアム全景、まだ色々見たかったのですが、
フェリーの時間が来たので、一路江田島へ

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沖合に停泊していた輸送艦「おおすみ」就役時マスコミ等で
「空母だ」と騒がれてましたが、いろんな物載っけるなら甲板は何もなくて平らな方が良い、という事であのような形になったのですが、
全通甲板ハ皆空母デスカ、ソウデスカ・・・
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大講堂
幹部候補生や生徒隊の入校式や卒業式は
ここで行われます、

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幹部候補生学校庁舎(旧海軍兵学校生徒 通称赤レンガ)
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この建物は明治初期に建てられた物ですが、近年建てたと言われても、
信じてしまうくらい、きれいな外観です、
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連休だけあって大勢の見学者が来ていました、
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実物の戦艦陸奥の主砲、旧軍時代は訓練機材として使われてました、
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まだ色々見たい所がありましたが、帰りの便の時間が
迫って来たので、転進(笑)
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一路呉へ、
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呉駅からバスで空港に向かう予定での時間つぶしに寄った
駅ビルのコーヒーショップにあったこの旅最後のオチ「大和パフェ」
もちろん三人とも注文しました、「三隻だから大和、武蔵、信濃か?」
「なら信濃はウェハース敷き詰めて全通甲板にしないと」等、
野郎三人がパフェ囲んで盛り上がってました(笑)

という事で、無事帰路につきました、最後に戦艦大和を造った方々の努力と名誉の為に一言、航空機には役立たずだの大和ホテルだのと色々言われてますが、
大和級が計画された時に「これからは航空機の時代だ」なんて言ったら、
変人扱いされます、当時は複葉機ばっかりだったんですから、

第一次世界大戦までは海軍の主力は戦艦であり、その後も空母や艦載機は補助戦力扱いでした、 航空機が対艦攻撃に有効だと分かったのは真珠湾攻撃以降です、
ですから大和を計画した時はより大きな大砲とそれを安定して撃つ為の巨大な艦を作る事は世界的にも自然の流れでした、その頃には航空機も急速に進歩しましたが、

対艦攻撃に実績が殆どない航空機をいきなり主力にするような冒険はしません、軍隊は意外と保守的で航空機に限らず新しい装備を簡単に受け入れないところがあるんです、

兵器の開発は常に試行錯誤で、実戦での予想外の結果はよくある事です、結果だけみて後の時代の者が役立たずなどと言うのは大和を造った方々に失礼だと思います、
とは言うものの、戦艦というものは大和級で頭打ちだったでしょう、巨大な船体も屈強な砲台も必要無く、射程距離も命中率も破壊力も上回るミサイルが戦艦の役目を
巡洋艦や駆逐艦に移すから大鑑巨砲の時代は遅かれ早かれ終わっていたでしょう、でも言い方変えれば、大和以上の戦艦が造られない限り、




大和は究極の戦艦だ!
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