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テイエムオペラオー&メイショウドトウ引退式
2002年1月13日 京都競馬場
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世紀を越えて続いたテイエムオペラーvsメイショウドトウのライバル対決。それは数えること9回にも及んだ。そんな2頭のライバルが2001年の有馬記念を以って同時に現役を退いた。さらに珍しいことに揃って引退式を行った。
2002年1月13日昼休み、この季節にしては暖かい淀で引退式は行われた。まず2頭は多くのお客さんが取り囲む中、悠々とパドックを周回した。そして本馬場入場。オペラオーは2001年の天皇賞を制したときの1番、ドトウは2001年の宝塚記念を制したときの3番のゼッケンをつけて同時に表われた。
4コーナーに向かって最後の返し馬をしたあと、まずはドトウがキャンターで京都の直線を駆け抜けた。もちろん鞍上はデビュー以来殆どの手綱を取った安田康彦騎手である。続いてオペラオーがゆっくりと、2度制した春の天皇賞を思い出しながら淀の外埒沿いを歩きつつ、ファンに別れを告げた。鞍上はデビューからずっと手綱を取った和田竜二騎手である。
この後、両馬の関係者の表彰式が行われた。司会進行は杉本清氏であった。オペラオーの竹園正継オーナー、ドトウの松本好雄オーナーがファンにメッセージを送った後、両陣営の関係者が一緒になっての記念撮影が行われた。
そして最後に口取りが行われた。内埒の方にオペラオー、外埒の方にドトウの関係者が集まった。両馬の肩には花のレイがかけられていた。
こうして1時代を作り上げた2頭の引退式は終わり、両馬は北海道に種牡馬として旅立った。これからは種牡馬として新たなライバル対決を展開することになる。順調に行けば2005年の夏、オペラオー&ドトウの2世たちが競馬場に姿を見せるはずだ。
写真はこちら
テイエムオペラオーの本馬場入場、ラストラン、レイをかけて、表彰式、口取り
メイショウドトウの本馬場入場、ラストラン、レイをかけて、表彰式、口取り
2頭一緒の写真 1、2 和田竜二騎手&安田康彦騎手 岩本市三調教師&安田伊佐夫調教師 口取り
テイエムオペラオー 牡
父:オペラハウス 母:ワンスウェド(Blushing Groom)
26戦[14・6・3・3] 内GT…7勝
主な勝鞍…天皇賞・春(2回)、有馬記念、天皇賞・秋、ジャパンカップ、宝塚記念、皐月賞
メイショウドトウ 牡
父:Bigstone 母:プリンセスリーマ(Affirmed)
27戦[10・8・2・7] 内GT…1勝
主な勝鞍…宝塚記念、日経賞、オールカマー、金鯱賞
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オペラオーvsドトウ、激戦の歴史を振り返る。
テイエムオペラオーvsメイショウドトウ対戦表
| 2000年 |
宝塚記念 |
天皇賞・秋 |
ジャパンカップ |
有馬記念 |
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| テイエムオペラオー |
1着 |
1着 |
1着 |
1着 |
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| メイショウドトウ |
2着 |
2着 |
2着 |
2着 |
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| 2001年 |
天皇賞・春 |
宝塚記念 |
天皇賞・秋 |
ジャパンカップ |
有馬記念 |
| テイエムオペラオー |
1着 |
2着 |
2着 |
2着 |
5着 |
| メイショウドトウ |
2着 |
1着 |
3着 |
5着 |
4着 |
オペラオーとドトウが初対戦したのは2000年の宝塚記念。すでに春の天皇賞でGT2勝目をあげ、王者の風格漂うオペラオーに対して、ドトウは上がり馬に過ぎなかった。しかしドトウはオペラオーに肉薄し2着。ここから2頭のライバル対決が始まった。秋に入って相変わらず2000年無敗のオペラオーにドトウは秋の天皇賞で2・1/2馬身、JCでクビ、そして有馬記念ではハナ差まで詰め寄った。しかしあと少しの差がなかなか詰められなかった。
2001年も春の天皇賞はオペラオーが1/2馬身差でドトウを下した。そしてドトウは6度目の挑戦になる宝塚記念でついにオペラオーを破った。完勝であった。オペラオーとしては道中不利があったとはいえ、ついに負けてしまった。
秋に入ってもオペラオーは強かったが秋の天皇賞ではアグネスデジタル、JCではジャングルポケットに出し抜けを食らう形で敗れた。一方ドトウは不本意な競馬が続いた。最後の対戦になった有馬記念では、スローペースで2頭とも前との差が詰まらなかった。その分、オペラオーより前に位置取ったドトウが4着。オペラオーが5着となった。
この9度にわたるライバル対決はオペラオーの7勝、ドトウの2勝で幕を閉じた。
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